折鍼事故と鍼の太さ
ソフトバンク松本選手(野球)が治療を受けた際に鍼が体内に折れたまま残ってしまったそうです。いわゆる折鍼事故です。
一般的に鍼が折れるというと「折れ曲がる」ほうを指します。今回のケースのように「完全に折れてしまう(折鍼)」ことは稀です。というのも、鍼灸用の鍼自体は非常に柔軟性に富んでおり、たわむことや曲がることはあってもボキッと切断されることはまずありません。一般の方は注射鍼を連想すると思いますが、鍼は鍼でも全く性質が異なるわけです。
グニャっと折れ曲がるとすぐ折鍼事故が起こるのか?というと、何らかの形で金属疲労が起こっていない限りは、一度曲がっただけで切断されることはありません。また、ディスポ鍼という一回限りの使用で捨ててしまう鍼では過度な金属疲労が生じることもあまりないため、よほど乱暴に扱わない限り折鍼が生じるとは思えません。
ただし、想定の範囲を超えた使用に限っては折鍼が生じるリスクが高まると言われています。ポイントは「細い鍼」です。メーカーの説明書や学校(専門学校・大学)では以下のことに注意するように言われます。
折鍼予防のポイント:
通電にはφ0.2mm以上の鍼を使用する
筋中への刺鍼にはφ0.18mm以上の鍼を使用する
刺鍼時には一定の長さを残す
参考:セイリン鍼 2021 年 6 月(第 11 版)
多くの治療院(施術所)では、セイリン社製の鍼が使用されている印象です。一般的に持ち手がプラスチックで色分けをされているものが普及しています。持ち手の色は鍼の太さ(φ)を表しているため、通電にはφ0.2mm以上を使用しているか?、筋中への刺鍼にはφ0.18mm以上を使用しているか?を確認することが出来ます。なんか違うな?と感じた場合は直接施術者に聞いても良いと思います。
セイリン社の色分け:
φ0.12mm:ダークグリーン
φ0.14mm:グリーン
φ0.16mm:レッド
φ0.20mm:アイボリー
φ0.22mm:スカイブルー
φ0.24mm:ヴァイオレット
※他社製品では色が違うことがあります。
細い鍼の方が痛みがないから良いといった安易な考え方や患者さんが細い鍼を希望したから過度に細い鍼を使用するといったことは避けなければいけません。施術をする上で、安全確保が第一となります。太くなると相対的に刺激量は増えますが、目的や用途に応じてある程度の太さを用いることも大切です。細い鍼を打ってくれる鍼灸師が良い鍼灸師とも限らないわけです。
さいごに
当院では、使用範囲を超えた細い鍼を使用することはありません。もちろん、すべてディスポ鍼を使用しています。折鍼事故を出来る限り発生させないように心掛けています。
当院でよく使用する鍼の太さ:
φ0.18mm:顔面用の短鍼
φ0.20mm:常用
φ0.24mm:常用(頻度高い)
φ0.30mm:長鍼
追記:実際の状況
他の鍼灸師の先生から伺った情報では、どうやら運動鍼という「鍼を刺したまま運動をさせる方法」を行ったようです。運動鍼自体には問題はそこまでないとは思いますが、「①細い鍼を」「②局所に鍼を留置したまま」「③過度に反復させる高強度の運動(投球)をさせたこと」が原因のようです。
状況から推測すると、筋中で何度も鍼が折れ曲がり、組織に絡みついて抜けなくったと考えます。その状況から無理に引き抜こうとしたため、金属疲労が生じていた鍼が途中から折れて身体に残ってしまったのではないでしょうか。
運動鍼と言えば、経絡に沿った遠位(動く部位ではない)に鍼をしたまま運動を行わせたり、局所に鍼を留置する場合は負担が掛かる動きは避けるとされています。また、運動鍼は一般的な鍼の治療方法ではありません。鍼を刺してすぐ抜く方法(単刺法、たんしほう)や一定時間(10~30分程度)鍼を留置したあとに抜鍼する方法(置鍼法)が一般的な鍼の施術方法です。
あまりに極端な手技はパフォーマンスに近い印象です。もちろん、疾患や症状によっては強い刺激も必要な時がありますが、あくまでEBM(科学的根拠に基づいた医療)があっての話です。
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