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パーキンソン病は鍼で治るか

はじめに

最近、NHKの鍼療法に関する番組の影響か、「パーキンソン病に対して鍼はどうか?」と言った関心の声があるようです。本稿では、パーキンソン病と鍼療法について述べていきたいと思います。


パーキンソン病は治らない

パーキンソン病は、進行性の神経変性疾患のため、基本的に治ることはありません。もちろん、鍼をしたからと言って治るわけではありません。「鍼でパーキンソン病は治らない。」という話をすると、「やっぱり鍼じゃどうしようもないですね、、、」となる方もいるかもしれませんが、実は鍼療法に限った話ではなく、従来治療方法のレボドパ等の投薬療法や運動療法においても同様です。治ることはありません。逆に言うと、「治るようであれば、パーキンソン病なのか?」という疑問も生じます。


例えば、パーキンソン病と似た疾患を総称して「パーキンソン症候群」と言います。パーキンソン症候群の中には、多系統萎縮症(MSA)や進行性核上性麻痺(PSP)のように一般的に薬が効きづらく、予後はパーキンソン病よりも悪く、数年で寝たきりとなる疾病も含まれます。また、脳血管性のパーキソニズム(脳卒中後遺症など)や薬剤性のパーキソニズム(抗精神病薬、胃腸薬等の副作用)は原因が取り除かれると改善する傾向にあります。基礎となる原因によって病態が異なるわけです。パーキンソン病とは分けて考える必要があります。


鍼療法とパーキンソン病

では、パーキンソン病に対して、鍼療法は有益かどうかと言うと、、、従来の治療方法(投薬療法、運動療法)に加えることで相乗効果を期待できます。いくつか鍼療法を紹介していきます。


1)三焦鍼法:

  • 刘らによると、三焦鍼法を軽度・中等度・重度のパーキンソン病患者に3カ月間行ったところ、総有効率は軽度で71.4%、中等度で100%、重度で25%となり、三焦鍼法はパーキンソン病患者の運動機能と様々な非運動機能を効果的に改善し、軽度から中等度のパーキンソン病に著明な効果があることが示唆されたと述べています[1]。


このように、重度になると効果は限定的となるため、出来れば早期から、遅くても中等度から重度になる前から鍼療法を加える方がよいことがわかります。進行するとほとんどの治療方法の効果は限定的になります。


また、三焦鍼法は、老化モデルマウスの寿命延長(平均+11%、最大+24%)や神経変性の速度を抑制し、ニューロンの形状と機能を維持することがわかっています[2][3]。アルツハイマー型認知症にも応用されており、神経変性疾患への効果が期待されています。


2)焦氏頭鍼療法

  • パーキンソン病に対しては、頭皮上にある舞踏震顫区が有効と言われていますが、洪らによると、従来治療にVRリハビリテーションを加えたものより、さらに頭鍼療法(運動区、平衡区、舞踏病震顫区)を加えた方が、パーキンソン病患者の歩行パラメータ、歩行能力、運動機能を改善することができたと述べています[4]。


焦氏頭鍼療法の取穴部位は「脳の機能局在を投影している」と考えられています。例えば、運動区は前頭葉の運動野と近似した位置になります。また、感覚野は中心溝(前頭葉と頭頂葉を分ける溝)を隔てて運動野の若干後方に位置するわけですが、感覚区も近似した位置になります。運動区(感覚区)自体にも、上肢、下肢、頭面部といったように細かく位置が決まっているわけですが、これも実際の機能局在(ホムンクルス、脳の中の小人)と近似します。


解説)脳の中の小人:大脳新皮質の機能局在が占める割合をヒト型に投影したモデル。顔・頭・手が大きく、体幹・足が小さい。


3)頭部・四肢末梢の経穴

  • 周らによると、初期~中期においてマドパー投与(レボドパ・ベンセラジド塩酸塩錠)に加え「頭部および末梢の経穴(舞踏病震顫区、四関穴、百会)」に鍼をすると、患者の①精神的、②行動的、③感情、④日常活動、⑤運動機能は治療前より改善したが、マドパー(レボドパ・ベンセラジド塩酸塩錠)投与のみでは運動機能のみの改善に留まった。総有効率は鍼治療併用で66.7%、マドパー投与で46.7%となり、良好な臨床効果をもたらしたと述べています[5]。


こちらでは舞踏震顫区に手足末梢にある四関穴(合谷、太衝)と頭頂部の百会を加えています。四関穴は「気血の要穴」と言われており、単穴よりも大脳機能区域をより広く活性化すると言われています[6]。また、百会穴も気の調整等に関与する要穴です。初期~中期では、鍼療法を加えることで、症状の改善が期待できることがわかります。


4)腹部の経穴

  • 陳らによると、マドパー投与に加え「腹部の経穴(中脘、下脘、気海、関元)」に鍼をすると、総有効率は90%となり、マドパー単独投与の83.3%より優位に改善したと述べています[7]。


5)頭・面部の経穴

  • Yong Zによると、治療効果の低下傾向または薬剤性副作用が認められた患者に対し、マドパーを減薬し、「頭・面部の経穴(水溝、百会)」を加えたところ、レボドパの治療効果が高まり、その用量と合併症が減少したと述べています[8]。


6)後頭部の経穴(頭蓋底七穴)

  • 陳らによると、マドパー投与に加え後頭部の経穴「頭蓋底七穴(亜門、天柱、風池、完骨)」に鍼をすると、総有効率は83.3%となり、マドパー単独投与の67.7%より優位に改善し、重篤な副作用はなかったと述べています[9]。

鍼療法をいくつか紹介しましたが、相乗効果によって良好な結果が得られると考えますが、注目すべきは、「必ずしも筋緊張の緩和目的で局所施術をしているわけではない」ということです。鍼療法は、「局所だけではなく、中枢または全身へのアプローチ」であることがわかります。


参考文献:

[1]刘云鹤,刘阿庆,贾玉洁,等.三焦针法治疗帕金森病的疗效观察[C]//中医药现代化国际科技大会.2013.

[2]韩景献. "三焦气化失常-衰老"相关论[J]. 中医杂志, 2008, 49(3):193-197.

[3]张月峰, 于建春, 李谈,等. "益气调血,扶本培元"针法对快速老化小鼠SAMP8海马和颞叶皮质神经元数量及形态的影响[J]. 上海针灸杂志, 2005. 24(9):4.

[4]洪珍梅,邱纪方,张淑青,等.焦氏头针联合虚拟现实技术康复训练治疗帕金森病运动功能障碍:随机对照试验[J].中国针灸, 2022, 42(7):5.

[5]周蔚华,黄汝成,赵贝贝.针刺舞蹈震颤控制区、四关穴、百会穴治疗早中期帕金森病的临床观察[J].云南中医学院学报. 2014. 37(6):3.

[6]李晓陵,刘阳,王丰,等.基于fMRI的针刺"四关"穴治疗机制研究进展[J].山东医药, 2020, 60(20):3.

[7]陈秀华,李漾,奎瑜.腹针配合美多巴治疗帕金森氏病临床观察[J].中国针灸, 2007, 27(8):3.

[8] Yong Z .Clinical Observation on Acupuncture Treatment of Parkinson's Syndrome[J].针灸推拿医学(英文版), 2006, 4(4):211-212.

[9]陈思岐,陈枫,李振彬.针刺联合美多巴治疗帕金森病疗效观察[J].河北中医药学报, 2013(1):2.


パーキンソン病へのアプローチ

パーキンソン病は、「中脳黒質のドーパミン神経細胞の変性よるドーパミン不足によって生じる」とされており、「原因の所在は中枢にある」と考えます。特徴的な筋固縮等の身体症状も、原因は中枢からの出力の異常です。そのため、緊張した筋肉に対していくら鍼をしても効果は限定的であるはずです。レボドパ等の治療薬も中枢を標的としたものであり、中枢へのアプローチが大切だと言えます。


そのため、鍼治療は「①直接的な中枢へのアプローチ」と「②中枢へのアプローチをするその他療法を補助すること」などを念頭に、如何に効きやすく、効き続ける状況を作れるかが鍵であると考えています。


例えば、焦氏頭鍼療法によって、脳の機能局在が賦活されることで、中枢の機能が改善・向上し、症状軽減につながるはずです。また、自律神経系の調整によって消化能が向上すると、薬は効きやすくなり、薬効の発現に関係するウェアリングオフ現象(ドーパミン切れによるオンオフ状態)等の軽減が可能であると考えます。そのほか、便秘に悩む方が多いですが、鍼刺激が自律神経系によい影響を及ぼすと、排便がしやすくなるはずです。


そして、鍼療法の最大のメリットは、「多剤服用のリスク[1]やその他薬剤への干渉がない(いわゆる自然な療法)」ということです。鍼療法の作用に関しても、一方向(上げるだけ、下げるだけ)に効果発現するというよりは、補瀉的な(少なければ増やす、多ければ減らす)調整作用[2]があるため副作用はほとんどありません。


薬物相互作用 (19―パーキンソン病治療薬の薬物相互作用) p264

パーキンソン病治療薬の作用機序は多岐にわたり,薬剤毎に特異的な相互作用をもつことに加えて,これらの作用機序の中核には中枢ドパミン神経への作用が関与していることから,中枢モノアミン神経系に作用する薬剤との相互作用が多く認められる.さらに,薬剤ごとに異なる 薬物消失機構が関与しているため, 各々の消失経路上の相互作用にも注意する必要がある.以上のことから, パーキンソン病治療薬を用いる際には,使用する薬剤に応じた薬学的管理を十分に行う必要性があると考える.

引用:

[1]江角 悟, 黒田 智, 松永 尚, 千堂 年昭, 薬物相互作用(19―パーキンソン病治療薬の薬物相互作用), 岡山医学会雑誌, 2010, 122 巻, 3 号, p. 259-264, 


鍼治療が瞳孔反応に及ぼす影響 p238

患者群は鍼治療により光刺激前の瞳孔面積は縮小し、最大縮瞳速度と最大縮瞳加速度は上昇したが最大散瞳速度については有意な変化が認められなかった。一方、健常者群については、いずれのparameterにおいても有意な変化は認められなかった。

引用:

[2]山口 智, 鍼治療が瞳孔反応に及ぼす影響, 日本温泉気候物理医学会雑誌, 1994-1995, 58 巻, 4 号, p. 232-240,


注意点

パーキンソン病は、進行性の疾病であることから、一時的に機能改善がみられても、中長期的には症状は進行していきます。治療全般に言えることですが、短期的なケアに比べて、中長期的なケアではドロップアウト(脱落:自己中断など)を起こす機会が増えます。例えば、進行していく病状やウェアリングオフ現象(ドーパミン切れによるオンオフ状態)等の日内変動に対し、「鍼療法を受けても意味がない」と考える機会が生まれやすくなります。


ただし、「じゃあすぐ中止して様子を見ましょう」とすべきかと言うと、「何かを差し引くと、現状のバランスを崩す原因になることがある」ため注意が必要です。いわゆる、「もっと悪くなってしまった(実は鍼療法は有効だった)」ということが起こりえるわけです。急激な中断は、倫理的にもあまり良いとは言えません。また、用法・用量の点から鑑みると、減らすよりも増やす傾向にあるはずです。


パーキンソン病患者さんは、ふるえ(安静時振戦)や筋固縮等によって、健常者に比べてカロリー消費も多くなります。また、嚥下・消化管機能低下等と相まって痩せていく傾向にあります(肥満は少数)。そのため、身体機能低下を起こすと、以前の状態まで引き上げることがより難しくなります。鍼療法の中断を検討する前に「フラット(症状固定)とみえる状態が、実はベースライン(鍼未治療)よりも上の位置で維持されていた可能性がある」ことを考えてみる必要があります。


そのほか、「パーキンソン病患者の平均寿命は健常者とあまり変わらない」とされていますが、「健康寿命」や「転倒による寝たきりリスク」等は健常者と同じとは言えず、注意が必要です。


さいごに

デメリットを最後に述べると、鍼療法は物理療法の一つのため、必ず誰かから施術を受けなければいけません。また、鍼療法が必ずしも「全くの無痛」とは限りません。その点は、投薬療法に比べて、ハードルが高いと言えます。前述のとおり、従来治療に取り入れることは有益ですが、中長期的なケアが必要となるため、事前にデメリットも含めた検討をすることが大切です。


付録:取穴例の紹介

〇取穴:

  1. 三焦鍼法(益気調血・扶本培元鍼法):全身調整の処方

    1. 外関

    2. 血海

    3. 足三里

    4. 膻中

    5. 中脘

    6. 気海

  2. 四関穴(合谷、太衝)

  3. 天柱・風池・完骨

  4. 舞踏震顫区

  5. 上星向百会


〇加減:

  • 便秘:天枢、水道、帰来、豊隆

  • 頻尿:関元、中極、三陰交

  • 言語不利:前廉泉、挟廉泉

  • 嚥下障害:翳風、上廉泉、太渓

  • 睡眠障害:百会、四神聡、外神門

  • 運動不利:陽陵泉、委中

  • 神志不明:百会、四神聡、醒脳開竅(印堂(または人中)+上星向百会)

  • 内反尖足:太渓向絶骨、足臨泣、絶骨

〇刺激量

  • 置鍼:20分

  • 頻度:週2回

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