著者は、「鍼の持続効果」に関して、度々質問を受けることがあります。実は、「鍼を刺すこと自体」には、数週間、数カ月と言った中長期的な作用はありません。「直接的な作用」は、刺鍼直後~数時間程度と考えます。「なんだ鍼はその程度しか効かないのか、、、」と感じる方もいるかもしれませんが、厳密には、この「直接的な作用」と「副次的に生じる持続効果」については分けて考えなくてはなりません。
例えば、局所麻酔剤を痛むところに注射する「トリガーポイント注射」がありますが、下記のように、本来の作用は数時間程度しかありません。なかには、「あれ?トリガーポイント注射も短時間しか作用しないの?」と感じる方もいるかもしれません。ただし、重要なポイントは「薬効の作用時間(作用)の長短」ではなく、「痛みを生じさせている原因を絶つために行う(目的)」ということです(下記赤色部分)。そのため、トリガーポイント注射をすると、「痛みの悪循環」のリセットによって、痛みが消失するとされています。この際に、「慢性的な痛みが消えた⇒持続効果がある」と感じるわけです。
このように、直接的な作用だけではなく、「スイッチさせることで期待できる副次的な持続効果」も含めて検討する必要があるわけです。また、「痛みの悪循環」に対して、鍼も有効とされています。
●トリガーポイント注射:
トリガーポイント注射は、その圧痛点に局所麻酔剤あるいは局所麻酔剤を主剤とする薬剤を注射して、痛みを取ります。局所麻酔剤で神経の痛みの伝達を遮断し、筋肉の緊張を緩めます。局所麻酔剤が効いているのはせいぜい1~2時間程度ですが、その後も効果が持続するのは、過敏化した神経を一時的に休ませることにより、異常をきたした筋肉の環境を改善して筋肉の緊張を緩め、「痛みの悪循環(下記参照)」と呼ばれる痛みを慢性化させる仕組みを断つ(リセットする)からです。
●痛みの悪循環:
痛みが生じると、交感神経が優位になって、呼吸数・心拍数の増加、発汗作用、血圧上昇、筋肉の緊張などの緊急反応が起こります。すると、血流が悪くなり、血液を通して届けられるはずの酸素や栄養が行き渡らなくなるため、組織が酸欠状態に陥ります。その結果、痛みを生み出す発痛物質が放出され、痛みが増強されてしまうのです。その痛みによって、再び交感神経の興奮が起こり、同じ現象を繰り返すことに。こうした負のスパイラルを「痛みの悪循環」といいます。
このように、何事も目的に合わせた使い方が大切です。短時間しか作用しないからといって、全く効果がないというわけではありません。もちろん、鍼も同様です。そのほか、トリガーポイント注射と鍼施術の違いとしては、鍼は麻酔薬を使用しないため、薬効は期待できませんが、本数・箇所・範囲に制限をあまり受けません。
中島ら(2007)によると、頚肩部の自覚的痛み部位に対して行った鍼治療と局所注射では、①治療の直後効果、② 治療の継続による効果、③治療終了後の持続効果において、鍼治療で有意に良好な結果を示したとしています[1]。
また、井上ら(2008)によると、退行変性に伴う腰痛に対して行った鍼治療は、局所注射 と比較しても高い効果が得られる可能性を示し、薬物による副作用等から考えても、 鍼治療は人体に対する侵襲は極めて少なく、より安全で有益な治療法であるとしています[2]。
このように、鍼治療はトリガーポイント注射と比較しても有効と言えますが、最大の利点はトリガーポイント注射とも併用することが可能ということです。まずは、トリガーポイント注射を受けて、そのあとに鍼治療の併用を検討することも有用です。
今回は、トリガーポイント注射を例に、鍼の局所作用について話しました。実際の鍼の作用は、局所だけに留まらず、①中枢を介した反射(体制ー内臓反射など)②下行性疼痛抑制系(脳内鎮痛物質発現による鎮痛)の賦活など、作用・効果は多岐にわたります。
最初に戻りますが、「鍼を刺すこと自体」には、中長期的な直接作用はありません。そのため、疾病の性質、患者さんの状態によっては、継続加療となることがあります。継続加療となると、鍼の効果に対して否定的な意見もあるかと思いますが、「鍼が効くか効かないか」というよりも「継続加療が必要な状態かどうか」がポイントです。もちろん、継続加療によるメリット(恩恵)があるようであれば、ぜひ継続してみて下さい。
参考文献:
[1]中島 美和, 井上 基浩, 糸井 恵, 勝見 泰和, ランダム化比較試験による頚肩部痛に対する鍼治療と局所注射の検討, 全日本鍼灸学会雑誌, 2007, 57 巻, 4 号, p. 491-500,
[2]井上 基浩, 中島 美和, 糸井 恵, 大橋 鈴世, 矢野 忠, 腰痛に対する局所鍼治療と局所注射の比較, 日本温泉気候物理医学会雑誌, 2007-2008, 71 巻, 4 号, p. 211-220,