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文献から見る下肢神経痛への傍神経刺鍼

「傍神経刺(ぼうしんけいし)」の開発者である木下晴都は、傍神経刺を「神経幹が筋肉・腱などの軟部組織によって圧迫を受けると考えられる部位の神経幹の近傍である筋肉内に刺針する方法」と定義している[1]。


傍神経刺は、昨今で言う「大腰筋刺鍼」や「梨状筋刺鍼」などに該当する。「大腰筋」と「梨状筋」はどちらもインナーマッスル(深部筋)であり、表層には存在しない。しかし、下肢神経痛の原因(絞扼性神経障害)となりやすく、当該筋・神経へのアプローチを求められるケースも見受けられる。


ただし、一部の鍼灸界隈からは「深刺をしなくとも浅刺か皮膚刺激で十分」、「強い刺激は自律神経を乱し症状を悪化させる」、「危ない」と言った否定的な意見も耳にする。


果たして、「傍神経刺鍼は有効なのか?」というところであるが、木下(1981)によると、下記のとおり、傍神経刺鍼を応用した症例のほうが結果が良かったとしている。また、腰椎の変形を基礎とする坐骨神経痛の症状改善にも有効(下記3)としている。


◆傍神経刺を坐骨神経痛に応用した臨床試験ー結論[2]:

  1. 坐骨神経痛の長期観察として、傍神経刺を応用した141例と、 応用しない500例の成績を比較すると、優症例は傍神経刺群に多い傾向がみられ、特に傍神経刺群の優症例は短時日の経過であることが有意差をもって認められた。

  2. 坐骨神経痛の短期観察として30例を無作為に2分し、これに傍神経刺と非傍神経刺を割付け、6回 ずつの治療で交替するクロスオーバ ーテストで観察すると、傍神経刺群は殿圧と外承筋の圧痛量 ・ラセーグ現象の角度および 自覚症状の改善が著明であり、両群の間には高い有意差のあることが判明した。

  3. 短期観察の症例のうち70%は腰椎の骨 ・軟骨 に病変の認められる坐骨神経痛であったが、傍神経刺は症状改善に有効であった。


木下(1981)は、傍神経刺鍼のグループでは下記2穴(患側)に対して6cm(0.25×75mmの鍼を使用)の刺入とし、非傍神経刺鍼のグループでは下記2穴(患側)に対して2cmの刺入としている。その他の腰臀部のツボは同様のものを使用しており、違いは「患側の大腰筋と梨状筋に対する刺鍼の有無(2cmでは当該筋に到達しない)」だけである。


◆大腸兪の刺鍼法[1]:

  • 第四腰椎棘突起の外方30mm(正法より上方)

  • 刺入深度は、直刺60mmとし、やせ型には50mm

  • 上下腰椎の肋骨突起の間を抜けて、腰椎前方にある大腰筋に刺鍼(下記図参照)


◆転子の刺鍼法[1]:

  • 殿圧(上後腸骨棘外下縁と大転子上内縁の中点)の下方30mm

  • 側臥位だと大転子上縁 と坐骨結節上縁のほぼ中点

  • 刺入深度は、直刺50~60mm

  • 梨状筋に刺鍼


引用元:木下 晴都, 坐骨神経痛に対する傍神経刺の臨床的観察[1] 図4(断面図)


腰部への刺鍼では、「内臓損傷を懸念する話」が度々出てくるが、大腰筋を貫いてから先が腹腔内臓器となるため、極端な深刺をしなければ、内臓損傷は生じないと考えられる(上記図参照)。また、腎臓の位置も考慮されるが、腎臓は「第12胸椎から第3腰椎の高さ」にあり、大腸兪(第4腰椎)より上外方に位置すると考えられるため、損傷の可能性は低いと考えられる。


刺鍼のポイントとして、正法の大腸兪の高さ(棘突起間)から刺入をすると、肋骨突起にあたる可能性が高い。上記の理由から、木下(1976)は正法よりやや上方にツボをとっている。もし、仮に肋骨突起に当たってしまった場合、特徴的な「コツコツと硬い骨にあたる感じ」を指先に感じるとともに、それ以上鍼は進まない。


技術的な話をすると、一旦浅めに鍼を引き上げた後、方向を変えて肋骨突起間を通す方法(刺鍼転向法)もあるが、この止まった鍼をランドマークとし、上下にずらした位置に鍼を打つと、肋骨突起の深さを確認しながら刺鍼が可能となる(傍鍼刺)。ランドマークより深く進む場合は、大腰筋に当たっていくと考える。


私見であるが、大腰筋に鍼先が当たると、受け手(患者)の体動が生じたり、受け手が下肢への触電感(主に大腿前面)を訴えることがある。また、鍼先が大腰筋に到達している場合、パルス通電を行うことで、股関節の運動が観察できるこのように、指標を用いた確認も有用である。


そのほか、前述の「木下(1981)ー結論3[2]」のとおり、腰椎変形の画像所見はあっても、70%に改善が認められたということは、原因の本体に「インナーマッスルによる絞扼性神経障害(神経に対する過度の圧迫)」の可能性が含まれることを示唆している。臨床において、40mm(寸3)または50mm(寸6)長の鍼が常用と推測するが、おおよその深度は最大3~4cm以内と考えられる。数回施術においてもあまり改善がみられない場合、時に、2寸半(75mm)程度の長鍼を用いた傍神経刺鍼を試すことも必要と考える。もちろん、受け手が強い抵抗感を示す場合、無理に試す必要はない。


参考文献:

[1]木下 晴都, 坐骨神経痛に対する傍神経刺の臨床的観察, 日本鍼灸治療学会誌, 1976, 25 巻, 1 号, p. 1-9,65

[2]木下 晴都, 木下 典穗, 傍神経刺を坐骨神経痛に応用した臨床試験, 日本鍼灸治療学会誌, 1981, 30 巻, 1 号, p. 4-13

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