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末梢性顔面神経麻痺における神経の機能不全と神経断裂の違い

末梢性顔面神経麻痺において、「単なる神経の機能不全による神経麻痺」なのか、「神経断裂が生じている神経麻痺」なのかでは、治療に対する考え方が大きくことなります。主な臨床症状はどちらも「顔面神経の損傷による表情筋の運動麻痺」ですが、実は性質が大きく異なります。


末梢性顔面神経麻痺の予後判定にはENoG検査が用いられます。これは、非麻痺側と麻痺側を比較し、「神経の活きている割合」を客観的に調べる方法です。パーセンテージによって評価され、値によって軽症(40%~)、中等症(10~40%)、重症(~10%)と言ったように分けて考えます。


一般的に、軽症例は一~二カ月程度で回復すると言われています。軽症例というのは、いわゆる「単なる神経の機能不全状態(神経断裂がない状態)」です。神経自体の一時的な機能不全程度ですので、炎症が取れて血行が改善されれば元通りというわけです。ただし、中等症以上では、「神経断裂」が加わるため、神経の根を新たに伸ばし接続するといった過程が必要となります。この過程が加わることで、神経同士の混線によって生じる病的共同運動の可能性が高まるわけです。また、中等症では病的共同運動の生じる可能性を含み、重症例では必発と言われています。ENog検査が示す結果は単なる値ではなく、40%以上と40%未満では性質が大きく異なるということを念頭に置く必要があります。


なかには、「そもそもENoG検査を実施していないといった症例」、「臨床像とENoG検査の検査結果が一致しない症例」もあります。こういった場合もとくに注意が必要です。ENoG検査を行っていない場合は、客観的なデータが得られないため、後遺症予防のミラーバイオフィードバック法(MBF法、鏡をみながら筋肉一つ一つを動かす方法)を実施する必要があります。また、あまりに臨床像とENoG検査の検査結果が乖離している場合は、ENoG検査の信頼性が低い可能性も考えられるため注意が必要です。ENoG検査は発症から10日~14日の検査結果の信頼性が高いと言われており、早すぎる場合や遅すぎる場合は、数値が高く出る傾向にあります。


よく、「末梢性顔面神経麻痺のほとんどは自然治癒するから放置していても大丈夫。」と言われることがあります。ベル麻痺における自然治癒率は70%程度(治療では90%程度)と言われており、ラムゼイハント症候群においては30%程度(治療では60%程度)と言われています[1]。


たしかに一見すると、ベル麻痺の治療における治癒率も高いため、あながち間違っていないように見えます、、、しかし、この治癒率ですが、「もしベル麻痺(またはラムゼイハント症候群)になってしまった場合、どの程度の人がよくなるか?」と言った意味でしかありません。そのため、「どんなに状態が悪くてもベル麻痺だったら70~90%治る」という意味ではありません。罹患してしまった場合、この治癒率はあまり参考ならず、現病の状態に基づいた予後予測をし、最善を尽くしことしかできません。


そのため、ENoG検査で低値を示す場合は、必ず何らかのケアが必要となるわけです。軽症例においても、ケアを行うことで回復の促進が期待できます。治療をしたからといって、必ず完治するわけではありませんが、治療成績を少しでも上げることが大切です。


このように、末梢性顔面神経麻痺の程度というのは、単なる数値で表されるものではなく、神経の損傷度合いによって性質が大きく異なるということがわかります。神経断裂の可能性が高い場合は、「回復までにかかる一定の時間」と「後遺症のリスク」を考慮した治療計画を立ててみて下さい。

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