著者の母校である天津中医薬大学の第一附属病院は、「醒脳開竅法(せいのうかいきょうほう、xing nao kai qiao fa)」という特殊鍼法が有名です。
醒脳開竅法は、1972年に石学敏教授によって開発された「脳卒中後遺症に対する鍼の治療方法」ですが、手技や刺激量があらかじめ決められているため再現性が高く、施術者間で治療効果のばらつきが生じづらいと言われています。それに伴い、研究や臨床への応用もしやすいという特徴があります。
最近では、鍼灸netの記事「世界の一流医学雑誌が掲載した脳卒中患者への鍼治療 最新のランダム化比較試験」[1]にて、JAMA Network Open誌(米国医師会雑誌, IF13.8)に掲載された「脳卒中後の運動性失語症患者に対する鍼治療と偽鍼治療の効果(原題:Effect of Acupuncture vs Sham Acupuncture on Patients With Poststroke Motor Aphasia: A Randomized Clinical Trial)」(Li, 2024)[2]が紹介されていました。2009年には「9000 Needles(和訳:9000本の鍼)」というアメリカのドキュメンタリー映画の舞台にもなっています。
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<「9000 Needles」 本編>
「9000 Needles」は、元ボディビルチャンピオンであるDevin Dearth氏が若くして重篤な脳卒中を患い、本国アメリカの保険医療システムでは十分なケアを受けることが出来ず、中国天津に渡り、短期治療プログラムを受けるという内容です。
本編のDevin Dearth氏がうなり声をあげている様子(28分50秒前後)から、比較的強い刺激が加えられていることがわかります。この強い刺激が規定された十分な刺激量となり、機能改善を行う上で重要となります。下肢麻痺であれば、「下肢が3回跳動するまで~」と言ったような決まりがあります。本編でも、Devin Dearth氏の下肢の運動機能が改善していく様子がうかがえます。
もちろん、強い刺激のため気持ち良いものではありませんが、リラクゼーション目的ではなく「医療の一つ」「目的は機能回復」として考えると、致し方無い側面もあります。
「9000 Needles」に対して、ネットでは概ね良好なレビューが多い印象ですが、本編を観た方の中には、「Devin Dearth氏は完全に治癒していないため、醒脳開竅法はあまり効果がないのではないか?」と考える方もいるようです。ただし、治癒していないからと言って、「一概に意味がない」というわけでありません。
本編でも語られているように、Devin Dearth氏は、本国アメリカで十分な医療を受けられず、自宅にて寝たきりとなっていました。家族のケアだけでは運動機能は維持向上せず、機能障害はより高度になる可能性が高いことが考えられます。また、長期臥床となると、誤嚥性肺炎などのリスクも懸念されます。
少しだけ日本の状況について述べると、脳卒中の患者さんが鍼治療を早期から受けるケースは少なく、とくに症状が重い場合は「入院による集中的な医療リハビリ(最大180日)」となるため、残念ながら鍼の併用は想定されていません。また、180日はいわゆる脳卒中の回復期に相当するため、鍼の受療を希望する方は「すでに回復期を過ぎたケース」が大半を占めており、発症から数年経過している方も一定数いるように感じます。
2022年には、約30年ぶりに改訂された国際疾病分類(ICD-11) に伝統医学(鍼療法含む)の項目が新設されました。日本国内では「受療率5%」と言われている鍼療法ですが、欧米やアジアの伝統国を中心に注目されてきています。
昨今、脳卒中に関して、死亡率は低下傾向にある反面、ケアが必要な患者が増えている傾向にあります。そのため、より早期からの機能回復の重要性が増したとも言えます。少しでも、鍼療法が役立つ状況が増えることを期待しています。
参考文献: