鍼通電療法と経皮的電気刺激
時々「鍼通電(パルス療法)」のお願いをされることがあります。鍼通電の方が効果が高いのではないか?という素朴な疑問をお持ちになる方も多いようです。例えば、頭皮に鍼通電を行うと脳まで電気が届いてよい作用が生じるのではないか、、、ツボに鍼を流すと経絡に気がより多く満ちるのではないか、、、というような印象ではないでしょうか?たしかに電気が入ることで効果が高いイメージもありますが、ただ鍼通電を行えば効果が高くなるというわけでもありません。
鍼通電は古典的な鍼療法とは違い、現代的な治療体系と言えます。日本では筑波大学式低周波鍼通電療法が有名です。皮下パルス、筋パルス、神経パルス、反応点パルスなどがあるようです。
一鍼灸師として一番最初に思い浮かべる鍼通電のイメージは「鍼麻酔(中国)」です。手三里(てさんり)ー合谷(ごうこく)、足三里(あしさんり)ー三陰交(あしさんり)などへの通電が脳内モルヒネ様物質の放出を促し、中枢からの強力な鎮痛作用を生み出すと言われています。中国では扁桃腺の摘出手術例も報告されています。現在は、通電頻度によってエンドルフィン、エンケファリン、ダイノルフィン(脳内モルヒネ様物質)が選択的に放出されることがわかっています。1971年のニクソン訪中時において「鍼麻酔」が世界的に報道され、以降欧米でも研究が盛んとなった歴史がありますが、臨床現場において鍼麻酔はあまり見かけません。理由としては、血中濃度の動態が把握しづらいこと、効果発現後までに時間を要することなどが考えられます。
逆に臨床で見かける鍼通電は、目的の筋肉に対して鍼を2本刺して通電する「筋パルス」が多い印象です。低頻度(1~10Hz程度)で筋肉を収縮させることによって筋内の血流循環改善が期待でき、局所鎮痛や回復促進が期待できます。また、ふくらはぎへの鍼通電では筋ポンプ作用(心臓へ血液を押し戻す)が働くため、下肢静脈のうっ滞を解消する効果が期待できます。とくに筋ポンプ作用は単に鍼を局所に刺すだけでは起こりえない反応なため、通電の優位性が高いと考えることが出来ます。
筋パルスと電極パッド貼付けによる電気療法と何が違うのか?ということですが、大きな違いは電気抵抗があるかないかだと言えます。表面から通電を行った場合、皮膚表面がアースのような作用を起こし、電気は深部に到達しづらくなります。そのため、比較的強い出力が必要となるため、皮膚上の感覚受容器も同時に興奮させてしまいます。すると、出力に応じた触電感(いたみ)を感じやすくなってしまいます。この点、筋内まで刺入された鍼は電気抵抗を極力受けなくなるため、触電感を生じさせずに効率よく筋収縮を行うことが出来るわけです。また、筋パルスのデメリットは、鍼施術に準じた出血や刺入痛の可能性、より厳格な衛生管理が必要でがあることが挙げられます。
そのほか、高頻度(100Hz程度)の通電によって即座に痛みを緩和することが出来ます。これは経皮的電気神経刺激(Transcutaneou Electrical Nerve Stimulation, TENS)と言われるもので、触刺激が痛みの伝達を抑制するゲートコントロール理論を躊躇したものです。ゲートコントロール理論は要約すると「痛いところをさすると痛みが気にならなくなること」です。感覚の短い刺激(高頻度)によって常に触られている状態が続くと、脳へ向かう痛みの伝達信号が遮断されるわけです。高頻度通電開始直後から痛みは抑制されますが、通電を終了すると痛みをまた感じるようになるため、事前に使用目的・用途を検討する必要があります。また、感覚受容器を興奮させる必要があるため、運用においては鍼ではなくパッド貼付けが推奨と考えられます。
鍼通電は治療アプローチの一つと言えます。目的に応じて鍼通電を行うことはもちろん大切ですが、必ずしも鍼通電を行わなければいけないということはありません。もちろん、鍼通電を行わない鍼灸師は腕が悪いということもありません。