運動麻痺の回復期を過ぎた後、身体機能が悪化していくことがあります。とくに、不完全治癒の場合、加療を中断した後、一定期間が経つと運動機能の低下が生じ、中断時点よりもより悪くなる傾向にあります。その原因の一つが「代償運動(だいしょううんどう)」によるものです。
代償運動とは、「とある運動(動作)が出来ない場合、何とかしてその運動を行うために、本来とは違う方法で運動を行うこと」です。例えば、腕が挙がらない場合、肩をすくめて腕を持ちあげようとするかもしれません。この肩をすくめる動作が「代償運動」にあたります。
実際に試してみると分かりやすいですが、肩をすくめた状態を保ち、腕伸ばしたまま外側に挙げてみてください(肩関節の外転運動)。おそらく、腕は水平まで挙がらないはずです。じつは、肩をすくめることで肩の可動域が制限されてしまいます。
もし、この肩をすくめる動作を「正しい動作」として学習してしまった場合どうなるでしょうか?おそらく、神経が促通されて麻痺が改善したとしても、腕が挙がらない状態が続いていくと予想されます。
この現象は、「麻痺による運動不利(まったく動かない)」ではなく、どちらかと言えば、「不使用(うまく使えないため動かせない)」と言えます。前者と後者の違いは、「麻痺の有無」であり、後者の場合は「間違った運動を修正することで、正しい運動が可能となる」可能性があります。
ただし、可動域制限に伴い一部の筋肉の不使用が続くと、「学習性不使用(「使わない動作は不要」と脳が学習すること)」や「それに伴う筋萎縮等」による「二次的な運動麻痺」が生じてしまうため、早期からの改善が大切です。運動は、単一の筋肉による関節運動だけとは限らず、複数の筋肉の連動によって生じるため、「一つや二つ欠けても良いか、、、」というわけにはいきません。
次に、先ほどの動作をもう一度行ってみて下さい。肩をすくめたまま腕を最大まで挙げた状態を保ち、少し力を込めてみて下さい。おそらく、「首から肩にかけて」と「肩の付け根の辺り」が痛くなるはずです。このように、偏った動作は、身体に負担を生じさせ、筋疲労等を生じさせて、痛みを誘発していきます。もちろん、筋疲労が生じると、筋力を十分に発揮できません。
また、慢性的な痛みが続くと、ヒトは「痛かった動作(または痛い動作)を嫌がる」ようになります。実際に、痛みがなくなった後も、「○○すると怖いので、動かしたくない、、、」といった「運動恐怖」の状態が生じることがあります。これも「二次的な運動麻痺」と考えます。
「運動恐怖」は、じつはそんなに珍しいことではありません。例えば、高いビルの窓から外をみると、高所に不安を覚える方は足がすくむはずです。本来、安全な場所にいるのに、高所と言う不安材料から身体反応が生じる場合も、ある種の「運動恐怖」と考えます。
大切なことは、機能回復を促すとともに、「正しい運動を再訓練・再学習すること」です。同時に、痛みが生じてくる場合は、筋疲労軽減等を図ること、そして、運動恐怖には、あえて運動を行ったりすること(行動認知療法)で、「この動作は怖くない」と学習することが大切です(高強度の運動は必要ない)。
麻痺が高度の場合は運動が行えず、「代償運動であえて補うこと」や「利き手交換(例:右手⇒左手)」等で対応せざるを得ない場合もあると考えます。ただし、これを安易に行うことは「学習性不使用」につながる可能性もあり、十分な配慮が必要と感じます。どちらかと言えば、「最終的な手段」と言えます。
ただし、回復期において出来た運動が出来なくなってしまった場合、前述の「麻痺が高度」とは考えづらく、「運動機能の低下(または消失)」と言えるため、注意が必要です。場合によっては、「維持(可能であれば回復させていく)」という概念も念頭においた専門的なケアが大切となります。
※代償運動は、脳卒中(脳梗塞・脳出血など)による片麻痺だけではなく、顔面神経麻痺による表情筋麻痺等でも生じます。