末梢性顔面神経麻痺に対する治療戦略ですが、実は「強引に治そうとすることは避ける方針」で取り組みます。矛盾するようですが、「顔面神経の活動を活発にするな」ということです。よく耳にする「電気を流すな」「顔を強く動かすな」というアドバイスも、「顔面神経の活動を活発にするな。」と同じ意味です。
顔面神経の活動を活発にすると、神経自体の回復は促進されますが、顔面神経の枝は不自然なまでに元気に伸びていきます。この「元気すぎる」という点が、顔面神経の特徴であり、神経の混線によって生じる病的共同運動(後遺症)を引き起こす原因になると言われています。
一般的に「神経損傷の度合い」と「治療に掛かる時間」は比例すると言われているため、神経損傷の度合いが大きければ、すぐに回復することはありません。もちろん、通電等を行えば、早期から表情筋が動くようになると言われていましたが、より高い確率で後遺症が出現・残存します(通電は原則禁忌)。そのため、早期から表情筋が動けばよいといった後遺症軽視の治療戦略は不適切と言えるわけです。
ある程度の加療期間を鑑みると、患者さんにとって一定の忍耐が必要となりますが、後から後遺症が必要以上に強く出てしまうことを避けるほうが、結果として患者さんの負担を軽減させるはずです。
鍼灸師は、トータル治療回数の多い少ない(通院期間等)で評価されがちですが、末梢性顔面神経麻痺においては、必ずしも「1回で治った」「すぐよくなった」と評価を頂けることが大切だとは思っていません。逆に数回の施術で治るような症例は、そもそも軽症例の可能性を含み、鍼灸師の腕とはあまり関係ないこともあるわけです。治療戦略で重要なことは、「より自然な形での回復を助け、出来る限り後遺症を出さずに、回復の可能性を最大まで高めること」この一点に集約されます。
ただし、「強引に回復させないようにする」とは言っても、単に自然治癒に任せて放置するというわけではありません。適切なケアを適切な時期に適切な量・質で行うことが大切です。回復の土壌を整えるイメージです。そうすることによって、表情筋の動きが立ち上がってきた後、回復過程に差が生まれてくると考えています。もちろん、回復過程が良好であれば、結果として「想定よりも早くよくなったね」となるわけです。