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  • 執筆者の写真三焦はり院

痛みがゼロにならなければ効果が無いという見方は間違い。治療を受ける側もEBMに基づいた行動を。

「完全に治りますか?」という質問

よく「完全に治りますか?(治るのであれば鍼を受けたい)」という質問を受けますが、「はい!間違いなく治ります!」と(何でもかんでも)即答で答えられるものではありません。じつは、症状や体質などによっても結果は異なり、同じ傷病(疾患)であっても全ての方が同じ経過を辿ることはありません。端的にいうと、「(保証や断定はできない。」と言えます。


巷では「○○の歪みが全ての原因(=それを治せばなんでも治る)」であったり、「○○するだけで、何でも治る」というような宣伝文句を耳にすることがありますが、残念ながら、一つのことをするだけで何でも治るような方法はまだ発明されていません。当然ですが、「鍼を刺すだけ・灸をすえるだけ(鍼灸)」も、「全ての人に同じ処方(ツボ)」を使っているわけではなく、万能な方法ではありません。


シンプルで万能な方法(たった一つの方法)で、あらゆる症状が取れて健康を維持できるようであれば、病でヒトが一生を終えることはありません。残念ながら、こういった「万能な(ように聞こえる)治療方法」に魅力を感じ、既存の標準的な治療方法を拒否するケースは少なくありません。


「効果」というものは一般的に「EBM(evidence based medicine, 根拠に基づく医療)」に基づいて判断されています。この「EBM」を無視するわけにはいきません。


EBMって?

そもそも効果とは何でしょうか?「EBM(evidence based medicine, 根拠に基づく医療)」という言葉をご存知でしょうか?


EBMとは、「個々の患者のケアに関わる意思を決定するために、最新かつ最良の根拠(エビデンス)を、一貫性を持って、明示的な態度で、思慮深く用いること」、「入手可能で最良の科学的根拠を把握した上で、個々の患者に特有の臨床状況と価値観に配慮した医療を行うための一連の行動指針」、「個々の患者の臨床問題に対して、(1)患者の意向、(2)医師の専門技能、(3)臨床研究による実証報告を統合して判断を下し、最善の医療を提供する行動様式」などと定義されています。

公益社団法人 日本理学療法士協会


現在の医療とEBMの関係は、切っても切れないものです。(誤解ではあるが)まじないやプラセボと思われている鍼灸もこのEBMの実践が不可欠となっており、関連する研究報告は現代的科学手法に基づいたものです。その流れのなか、科学的な鍼灸手法の臨床応用も普及しています。


EBMに基づく効果とは?

EBMは研究報告などに基づいて判断・実践されています。研究報告は、個体差(症状や体質)を考慮し、あるグループ(ある病気の集団)に対して行った治療結果を基準にして統計学に基づいた判定(確率)を行う場合が多いです。個別に「この薬は、あなたに効いたから効いたと判断しよう。」または「この薬は、あなたに効かなかったから効かないと判断しよう。」と個別に判定しているものではありません。


一般的には、、、

・(無治療群など)と比べて違いがあるのか。(=効果があるかないか)

・有効率はどれくらいか。=どの程度有効か

・効果の程度は?

・副作用の有無は?あればどのようなものが起きるか。

etc...

といったことが検討されます。


効果は、「治療をすると結果は違うかどうか(やったほうがよいか)」を確率(P値)で判定します。一般的に、P値<0.05となる場合(20回中1回、同じ結果になる場合よりも低い場合)に「両者は差がある。(効果がある)」とします。そこから、効果・副作用の問題や有効率などを総合的に鑑みて、臨床応用するかどうか?または、推奨度はどうするか?(グレード)といった面で検討を行います。


そのため、「効果があるかないか?」と「(数値上で)どの程度改善できるか?」は同じではありません。まずは効果が期待できるか(統計学的な有意差があるかないか:差があるか)を判定したあとに、数値上の差(痛みがどれだけ下がるか、血圧がどれだけ下がるかなど)をみます。もし数値上で痛みを20%軽減できる見込みがあれば、これが期待できる効果の範囲ということになります。範囲が狭くほとんど意味をなさない場合、副作用が強くデメリットが強い場合は臨床応用されません。


実は、よく聞く冒頭の(個人に対して)「治るかどうか?」「効くかどうか?」という研究は、症例報告と呼ばれています。症例報告もEBMに含まれますが、エビデンスレベルは低く、「効果推定が不確実なもの」とされています。非常に稀な疾患(罹患者数的に少なくやむなくといったもの)や稀な経過を辿るもの(今後の研究課題として報告すべきもの)に対して「症例報告」といった形をとります。そのため、個々の結果だけをみて、「効果」を論じることは科学的ではありません。


プレガバリン(リリカ)を例に

プレガバリンの研究報告を例に下の抜粋した要旨をみていきましょう。

補足:

※VASとは10mmメモリを用いた記述式評価方法で、0=無痛として10=想像できる中で最大の痛みとします。

※P=0.018(0.05以下となっている)のため「(統計学的に)差がある=(痛みに対し)効果がある」と考えます。見た目(値の変化量の大小)だけで違いがあるかどうかではありません。

※「平均値±標準偏差」は分布(ばらつき)を示すものです。ただし平均値から標準偏差を±したものが最小値や最大値ではありません。標準偏差の範囲に約70%分布していると考えます。


解説:

「約20%の除痛効果が期待できるが、副作用発生率は55%と高い。5週間(5.1±5.3)以上継続的に内服したほうがよい。」ということがわかります。


また、この研究のエンドポイント(判定したいこと)は投薬前後の差(効果)となっています。そのため「効果がある≠痛みが0になる(8.2±1.3から6.7±2.3)」こともわかります。


治療に対する考え方

前述のプレガバリン(リリカ)の話ではありませんが、様々な治療方法は、EBMに基づいて臨床応用されています。それは必ずしも「完治を保証したり」「完治させるから使用されている」わけではなく、グレード(推奨度や優先度)に応じて選択されています。


新しい治療方法が優れていれば、既存の治療方法の優先度は下がります。当然、「どれがベストな治療方法か?」という点で考えるべきです。「完治しない=価値の無い治療方法」ではありません。


そして、個人レベルで考えた時、副作用が重く出るような場合は、副作用の少ないものと組み合わせたり(併用)、その他の治療方法(鍼灸などの代替医療)を検討することも必要です。もちろん、相乗効果の点から併療することも選択肢の一つです。


最後に

すべての医療に共通していますが、「完治できないから無駄だ、、、」「痛みが0にならないから無駄だ、、、」という安易な考えから受療拒否をすることは望ましくありません。結果として、コントロールが不十分のため、症状が増悪したりといったことが起こりえます。医療従事者のみならず、受ける側もEBMに基づいた行動や考えをすべきです。


もちろん、鍼灸療法を望む場合も、EBMに基づいた治療(施術)を受けるべきです。自己判断で回数を自己決定したり、効果がないと時期早々に自己判定することも好ましくありません。


ヨーロッパでは、鍼灸の鎮痛効果が既存の薬物療法よりも優れていたというEBMに基づき、保険適応やグレードの変更が行われています。興味のある方はぜひご相談下さい。

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